2011-07-01

一部可視化と全面可視化

今日の新聞に、『警察庁が、全国の警察が試行している取り調べの可視化について、取調官にアンケートをとったところ、9割以上が任意性の立証などに一定の効果があるとし、6割以上が真相解明の妨げにはならないとしたが、9割が全面可視化には否定的だった。』という記事がありました。
9割以上が可視化は効果があると言っているので、一見、警視庁も可視化に前向きに取り組み始めたかのようにも思えます。
しかし、他方で、9割が全面可視化に反対していることにかんがみれば、警視庁は、『一部可視化はウェルカムだけど、全面可視化はダメだ』と思っているということだと思います。

では、一部可視だけでもいいのでしょうか?
私は、そうは思いません。
一部可視化の場合、その『一部』をどこにするかは、捜査機関が恣意的に選ぶことになります。
そうだとすれば、違法・不当な取り調べ部分は可視化せずに、たとえば長時間の取り調べや脅迫的な取り調べの後で、被疑者・被告人が、あきらめ、絶望して、強制的に捜査機関のつくったストーリーを言わされているシーンだけを可視化するおそれがあります(嘘の自白なら、その映像を見ればわかると言う人もいるかもしれませんが、本当にそうでしょうか。特に、何度もリハーサルをしていたら…)。
つまり、一部可視化だと、捜査機関にとって都合のよい部分だけを可視化することになるはずです。
このような趣旨なら、9割以上が任意性の立証などに一定の効果があるといいながら、同じく9割が全面可視化に反対という『矛盾』も納得できます。

可視化は、冤罪を防ぐために導入が期待されています。
それにもかかわらず、一部可視化では、むしろ、可視化が捜査機関に恣意的に利用され、冤罪の温床にもなりかねません。
可視化の趣旨を全うするためには、全面可視化である必要があります。

以上の理由から、私は、一部ではなく、全面可視化が必要だと考えています。

さて、7月集会でも、可視化をテーマにした分科会があります。
しかも、講師は、先日、再審で無罪が確定した布川事件の冤罪被害者のお2人とその弁護団長です。
間違いなく、勉強になると思います。
是非、当事者の生の声を聞きに来てください。